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変わる東京・山谷 40年間労働者を支えたカナダ人の「思い」 –

Reo Kobayashi

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そこで行政は山谷の旅館主に旧日本軍のテントやベッドを払い下げ、住居困窮者の収容を依頼した。一つのテントに10人ほどを詰め込む方式だったという。やがてテントは簡素な板張りの小屋に変わり、高度経済成長が始まる1950年代半ばになると、仕事を求めて全国から出稼ぎ労働者や若者が集まった。

いま、山谷で暮らす高齢者には、高度経済成長の時代に地方から来た人が少なくない。78歳の「横田さん」もその一人。1960年代の前半、千葉県から来た。

「当時は外に出ると、いつでも手配師から声を掛けられたよ。建築現場の仕事はたっぷりあった。日当は当時で1800円ぐらいだったかな。お金には困らなかったね。その日の宿代だけ残して、あとは飲み食いして」

横田さん

東京タワーは1958年に完成したばかりで、首都高や東海道新幹線の建設も急ピッチで進んでいた。1964年の東京オリンピックも迫り、力仕事はいくらでもあった。山谷では当時、220軒以上の簡易宿泊所があり、1万5000人以上が生活していたという。

一方で、現場の労働環境は劣悪で、仕事は危険だった。高所の作業でも命綱はなく、落下も絶えない。それなのに、仕事をもらえなくなることを恐れ、事故で指が潰れても働く者がいたという。日当は3割ほどピンハネ。理不尽だと思っても、文句を言えば仕事がなくなる。待遇改善を求めて、労働者や支援者らが路上で抗議行動などを繰り返し、警官隊と衝突することも珍しくなかった。

労働者やその支援者らが、警官隊としばしば衝突した=1968年7月9日(毎日新聞社/アフロ)

横田さんの人生は、40代半ばに暗転した。

「建築現場で事故に遭って10メートルぐらい落っこちた。命綱? してなかった。入院したけど、完治するまで診てくれなくてね。途中で(病院を)出されちゃった。保険もなかったからしょうがないね。それから腰が痛くてね。今でも杖をついてゆっくり歩くのがやっとだね」

横田さんのような労働者に向けて、ジャンさんは数え切れないほどの手を差し伸べてきた。

山友会の活動報告会で、支援を訴えるジャンさん。2017年

ジャンさんが言う。
「人ってね、誰でも失敗して、どん底に落ちる時もあるんだ。人に騙されたり、裏切られたりしてね。生きるのが嫌になる。そんなとき、ここに来て、お茶を飲んで、少しでも話ができればいい。人生はやり直せるんだ、と。どん底に落ちた人が、人生をやり直す場所になればいい。ここがね」

バブル崩壊でホームレスになる人が急増

労働者であふれた山谷もすっかり変わった。転換点は、1990年代前半のバブル崩壊。建設・土木の仕事が急減し、日当も下がった。さらに2000年ごろになると、簡易宿泊所に泊まれなくなり、ホームレスになる人が急増した。

ジャンさんはその変遷も目の当たりにしてきた。

「真冬の夜の寒さに耐え切れず、ドラム缶で焚き火をしたり、お酒を飲んだり。そのまま路上で寝て、死んでしまうんだよ。そんなホームレスの人が少なくなかった。火葬場に行った回数は数え切れない。火葬に立ち会うのは僕だけ。そんなことが何回もあった。周りで火葬されている人たちは家族に見送られているのに」

救急車で運ばれる山谷の住人

夜、シャッターの前で

75歳の「荒川さん」もバブル崩壊後、ホームレスになり、山友会やジャンさんに助けてもらったという。

16歳のとき、山形県から上京。最初は墨田区の衣類工場で、その後は土木や建築の現場で働いた。それが2000年ごろ、急に変わった。「55歳のころですね。仕事がなくなり、どうしようもなくなった」。日本はバブル崩壊から立ち直れず、不況のさなかにあった。この頃に高校や大学を卒業した若者は「就職氷河期世代」と呼ばれたが、職から弾き出されたのは若者だけではなかった。

「ホームレスになり、台車に荷物を載せて生活をしていたよ。よく山手線にも乗った。ぐるっと1周回るやつ。一日中、駅構内で過ごしたね。ドヤ(簡易宿泊所)に入るときや、頭や胃の手術をしたときに、ジャンさんのお世話になったね。感謝しきれない」

荒川さん

同じアパートで2人が孤独死

今年に入ってから、山谷では1日に10回以上も救急車のサイレンが聞こえる日があるという。東京都の最新資料によると、山谷に暮らす約3800人のうち、約8割が60歳以上。また、9割近くが生活保護を受給している。身寄りのない人も多く、孤独死は珍しくもない。

昨年8月には、同じアパートで同時に2人の孤独死が見つかるケースもあった。ジャンさんと一緒に山谷を見守る男性は、こう言った。

「細い路地に入って、トタンで仕切られた壁の裏の、古い2階建てでした。ツタが絡んで、取り残されたようなアパート。2人の住人が同時に孤独死をした例なんて、今までありません。それも並びの部屋で……。言葉がないです」

こうした山谷を研究者らは「都市型限界集落」とも「超高齢社会の縮図」とも呼ぶ。

2人の孤独死があったアパート。各部屋の前に花が供えられた

孤独死のあった部屋

高齢化が進む山谷

ホテルやマンション建設で、山谷も変化

もっとも「高齢化」や「孤独死」だけが、今の山谷ではない。古い簡易宿泊所が壊され、ホテルやマンションの建設も進む。コンクリート打ちっぱなしのしゃれたゲストハウスも相次いで開業した。延期になったとはいえ、「2020 東京オリンピック・パラリンピック」の開催決定が大きかったと山谷の人々は言う。

「新しい山谷」を象徴するのは、外国からのインバウンド客やバックパッカーに狙いを定めたゲストハウスだ。山谷は浅草などの観光地にも行きやすい。そんな便利な場所にありながら、日雇い労働者向けの宿泊所が多いため、宿泊料の相場は安い。そうした好条件に目をつけ、新しいゲストハウスが2000年ごろから次々に誕生したのだ。1泊2300円前後で、今は30施設ほどになるという。

新型コロナウイルスの感染拡大で、今は人影が消えているものの、この春先まで大勢の外国人客らが詰めかけた。週末の夜には、若者向けのバーが満席になった。

カンガルーホテル

2009年開業のカンガルーホテルもその一つ。山谷では先駆け的な存在で、外国人客には知られた存在だ。オーナーの小菅文雄さん(54)によると、元は明治時代に創業した「小松屋旅館」だった。

「祖母が経営を続けていた簡易宿泊所です。それを今の時代向けにアレンジしました。オープンから多くの外国人が来てくれています。最初は主にアメリカとヨーロッパからの旅行者で、その後は中国と韓国が多くなってきましたね」

小菅文雄さん。カンガルーホテルで

小菅さんにとって、山谷は故郷だ。

「僕の骨を埋める場所です。ずっとここで暮らしていますから。一時、離れたこともあったのですが、結局は戻ってきた。祖母の代で『簡易宿泊所』をやめることもできたのですが、僕は引き継ぎたかった」

「山谷にはずっと『簡易宿泊所』があり、かつて多くの人が仕事を求めて山谷に来て、暮らした。今の時代は、福祉を受ける人が泊まる宿もあり、国内外の旅行者を受け入れる宿もある。山谷は、その時代のニーズに合わせて、変化していく場所なんです」

主に外国人が泊まる「東京SA旅館」。山谷の国際化に合わせ、こうした施設が次々に誕生した

山谷の表通り。右手には旅行者向けの真新しいホテル。奥に東京スカイツリーが見える

古い簡易宿泊所が壊されていく。後ろにはマンションが建った

最初は山谷の人を「ただの怠け者」と思った

時代によって変わる街、山谷。その象徴は、単身で外国から乗り込み、40年近くここに住むジャンさんかもしれない。

カナダ東部のケベック州生まれ。両親は敬虔なカトリック教徒だった。神父たちから奉仕の心を学び、「人のために生きることは当たり前」と思って育ったという。モントリオール大学で神学を専攻し、聖職を志した。

山谷に来た最初のころ、労働者を「ただの怠け者」と思ったという。
ところが、話をじっくり聞くと、そうではない。会社が倒産したり、家族と離別したり、それぞれにつらい思いがある。何より、山谷の労働者は飾らず、裏表がない。そこに驚いた。

「みんな家族もいたし、仕事もしていた。でも、いろんな問題が起きて、家族がバラバラになって、仕事や住む所もなくなって、路上で暮らすしかなくなったんだよね。僕はそんな彼らを『助けたい』というより、『一緒に生きていたい』と思っている。お酒を飲んで昔話を聞いたり、悩みを聞いてあげたり。時には一緒に泣いたり、笑ったりして。同じ釜の飯を食べて、家族のようになりたいね。そう思ってずっとやってきた」

2000年ごろ

ジャンさんの献身的な姿に多くの人がひかれ、集まってきた。
例えば、無料クリニックには11人のボランティア医師がいて、たくさんの看護師らも加わっている。その1人、聖路加国際病院救急部長の石松伸一さんは1995年夏から足を運んでいる。

「その年の3月に起きた地下鉄サリン事件がきっかけでした。当時も救急部ですから、サリンの重症患者を診療し、命が理不尽に奪われていくのを目の当たりにした。それからですね。『救急の医師だけをやっていていいのか』と悩んだのは……。今は毎週、研修医らを連れてきます。若手には、ここで社会を学んでほしいですからね」

石松さん

クリニックのボランティア看護師の送別会。ジャンさんが花束を渡す

活動に悩む仲間を抱き締めるジャンさん。2人とも泣いていた

「僕の役目は教会で祈ることじゃない」

ジャンさんには、忘れられない出来事がある。10年前、弟のような存在だった「カワちゃん」がアパートの自室で孤独死したのだ。
「20年来の付き合いでね。日雇い時代は不器用だったから、(手配師に)うまく利用されたんだね。きつい仕事ばかり。でも一生懸命働いていた。時々ふっとどこかに行ってしまうから、あの時も『そのうち帰ってくるだろう』と」

遺体は死後5日だった。
「火葬の日、とても天気がよかった。火葬場から山友会まで歩いて帰った。後悔しながらね。なんで早く見つけてあげられなかったのか、って。お骨は故郷の東北に送られ、実家のお墓に入れられたと聞いたから、1年後にお寺を訪ねた。真冬。すごく雪が積もっていてね。雪をかき分けてお墓を探したけど、見つからない。お寺の人に聞いたら、カワちゃんの家のお墓はここにはない、って」

ジャンさんの部屋。25年以上、ここで暮らす。「思い出がいっぱい。カワちゃんもよく泊まった。もうここを動きたくないね」。壁ぎわにはカワちゃんの遺影。毎晩、ろうそくを灯し、乾杯するという

ジャンさんは現在も、ケベック宣教会の「終身助祭」という立場だ。しかし、教えは説かない。クリスマスのミサにも出ない。

「30年ぐらい前かな、ミサに出ようと教会に行ったら、聖職者や信者は暖かい教会でミサをしていたのに、外では冷たい雨に降られながら100人以上の野宿者がミサ後の炊き出しを待っていたんだよ。それを見てね、僕の役割は教会の中で祈ることじゃないと思ったんだ」

以来、ジャンさんはクリスマスを山谷で過ごす。
「人にとっての教会や宗教はね、共同体をつくるためにあるんだよ。山谷が新しくなって次々と人が来るのはいいこと。でも、いつの時代も僕にとっての共同体はここにある。山谷の人たちが僕の家族。生きている間も一緒、死んでも一緒なんだよ。故郷のケベックは懐かしいけど、もうあっちで暮らすことはないね」

山友会の仏壇。マリアさまが一緒にいる

後藤勝(ごとう・まさる)
1966年生まれ。写真家。89年に渡米。中南米を放浪後、南米コロンビアの人権擁護団体と活動。97年からアジアを拠点として、内戦や児童売買、エイズなどの社会問題を追う。2004年上野彦馬賞、05年さがみはら写真賞を受賞。12年に東京都墨田区でReminders Photography Strongholdを設立。http://www.masarugoto.com/

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著者: ” — news.yahoo.co.jp

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アルバルク東京の主将を10年務めた正中岳城、誰よりもプロフェッショナルだった男の最後の言葉 – バスケット・カウント | Basket Count

Reo Kobayashi

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正中岳城

今シーズン限りでユニフォームを脱いだアルバルク東京の正中岳城。Bリーグが誕生したことでほとんどの選手がプロ契約を結ぶ中、正中は数少ない社員契約でのプレーヤーだった。それでも、「社員選手だからと言って、アマチュアの選手としてプレーしていたわけではありません」と断言するように、正中は誰よりもプロフェッショナルな姿を見せ続けた。13シーズンのキャリアに終止符を打った正中に、選手として最後のインタビューを敢行した。

「このチームでやり続けたいという気持ちが大きかった」

──引退会見も終え、文字通り選手としての最後を迎えますが、あらためて感慨深いものはありますか?

今はもうないですね。バスケット選手らしい感じで過ごしていないので。ロッカーの整理とか、体育館を離れたり、そういうところでリアルな終わりを感じました。さよならなのか分からないですけど、大事な区切りという感じですね。

──正中選手は数少ないアマチュア契約だったと思います。バスケ以外の仕事も並行してやっていたのでしょうか?

トヨタ自動車の業務はしていないです。Bリーグの契約で言うと、バスケットボールチームオペレーションというところに所属して、バスケットボールを主たる業務として行う会社に出向していた形です。社業そのものがバスケットなので、社業をしていたと言えばしていたことになるかもしれないですが、バスケットの仕事だけです。

──そういう意味では他の選手に比べて、トヨタ自動車愛は大きかったりしますか?

他の選手がどう思っているか分からないので比較はできないです。どちら側という『側』はチームにも会社にも存在しないので、特別な感情はないですね。

──あらためて、なぜ社員契約を選択したのでしょうか?

Bリーグになる前は全員がプロではなく社員選手で、嘱託選手か正社員選手でやるかの2つでした。Bリーグになってプロ契約とアマチュア契約があって、そこでこれまでと同じ立場で同じようにプレーできる環境が整っていたので選びました。プロになるかどうかという選択肢がなかったので、これまでと同じようにやらせてもらいました。

──リーグが成長し、選手の待遇も向上しました。その中で他チームでプレーすることを考えたことはないのですか?

お金というところでの判断基準は持ってなかったですね。このチームでプレーできるかが大事でした。

──プロ選手にとってサラリーは選手の価値を決める物差しになると思います。今の選手たちはそういった情報を天秤にかけて、クラブを選択することも多いようです。

それがリーグが目指す『夢のあるリーグ』としての姿なので良いことだと思います。僕もこれまでと同じような立場でできなかったり、もうプレーできないと言われたら多分考えた道だと思います。ただ、こうした環境を用意してもらえたので他の選択肢を持っていなかったです。

お金のために移籍するという発想を自分の中で持っておらず、今ハッと気づかされるくらいです。当時はどのようにリーグが発展していくのか見えなかったところもあるし、あまり自分に対して自信を持てていなかったからこの道を選んだかもしれないですね。ただ間違いなく言えるのは、このチームでやり続けたいという気持ちが大きかったということです。

正中岳城

10シーズン務めた主将「一つ自分にマルを付けられる」

──田中大貴選手を始め、チームメートが正中選手のバスケへの向き合い方を常に称賛していました。社員選手でありながら、誰よりもプロフェッショナルとして影響を与えていたと思います。

プロフェッショナルかどうかは分からないですけど、このチームでプレーすることはどういうことか、どうあるべきかということと向き合ってずっと取り組んできました。このチームで優勝を目指してやっていく一員としてこうあるべきだという当然のことをやってきたつもりなので、そういう姿勢が良い影響として何か与えることができたとしたら良かったです。プロフェッショナルはチームメートや周りに良い影響を与える存在だと思っているので、一つ良い仕事ができたのかなとは思います。

もしかしたらですけど、10シーズンキャプテンを任されたのはそういうところで認めてもらえたからかもしれません。「あいつじゃどうしようもない」と言われなかったことは、一つ自分にはマルを付けられるのかなと。

──強豪と呼ばれるチームがある中で、A東京はその筆頭に挙がるかと思います。普通のチームとA東京は何が違うのでしょう?

僕はこのチームしか知らないので、他のチームと比べての違いは分からないです。ただ、クラブもバスケット界を引っ張るチームでありたいと明確に伝えていて、このリーグで代表的なチームを挙げろと言われた時にアルバルクが挙がるようでありたいと思ってみんなプレーしています。

優勝争いの中心にいたいと思って毎シーズンを迎えていて、僕がルーキーとして入った当時からそういう文化がしっかりありました。きっといろいろな先輩と歴史によって作られたものだと思います。そういう気持ちでやってきたし、皆にそういう気持ちがあると思います。それがアルバルクというチームなんだと思います。

正中岳城

「コーチが難しいことだけは知っています(笑)」

──今後の業務はどういったことをするのでしょうか?

トヨタ自動車の渉外広報本部内での勤務になります。会社が関わるいろんな業務に広く大きく携わることになります。

──引退会見時に「バスケ界にいずれは還元したい」と言っていました。それに関して、見えているものはありますか?

こういう状況ですし、まだ分からないです。何かバスケット界に必要とされるのあれば、アルバルク東京というチームを中心にして全方位的に関わるチャンスは持っていたいと思います。

特にルカ(パヴィチェヴィッチ)コーチと多くの時間を一緒にしてきて、コーチがどれだけエネルギーをかけて、神経をすり減らして向き合わないといけないかを一番近くで見てきました。全方位的にとしか言えないですけど、コーチが難しいことだけは知っています(笑)。

──確かにルカコーチの激しさを誰よりも近くで見てきましたもんね。もともと指導者の道も考えていたのですか?

教員や顧問としてバスケットを教えたいと思った時期もありました。こうやって専門性の高い場所でバスケットをしていくと、そういう選手を対象に教えたいという気持ちにもなりましたけど、ルカを見ていたらやっぱり無理だって思いますね(笑)。

──なんとなく分かる気がします(笑)。あらためて、最後にA東京のメンバーへメッセージはありますか?

これまでやってきた選手もいるし、戦術もあるし、今まで積み重ねてきたモノもあるので、彼らに関しては心配いらないのでもう何もないですね。ただ、全部がこのままでいいわけではないはずなので、より良いチームになっていくために、どういうプロセスで自分たちに向き合って戦っていくかがすごく楽しみです。

──ちなみに会見で自分にできることがあればサポートすると発言していましたが?

今は求められてないですからね。何かあったら言ってくれればいいですけど、みんなちゃんとやりよるから(笑)。

──逆に安心ですね(笑)。ではリーグに向けて、本当に最後のメッセージをお願いします。

Bリーグ開幕から4シーズンが経ち、ワールドカップ出場にオリンピックがあって、良い成長曲線を描いてリーグは成長してきました。スポーツ界全体に言えることだと思いますが、今は難しい局面を迎えています。それでもサッカーやプロ野球にないものをリーグ全体で見つけて、チームや一人一人の選手は進んでいかないといけないと思います。僕もそれに関わった人間として、どうゆうことができるかを考えていきます。応援したいという距離感ではなく、自分もその力になって、まずはこのリーグを見続けていこうと思います。



著者: ” — basket-count.com

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<ひと物語>コロナ禍 チャンスに 木製玩具製造・小松和人さん:東京新聞 TOKYO Web

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「ものづくりの楽しさを次世代に伝えたい」と話す小松さん=いずれも川口市で

 コロナ禍の逆風を追い風にする会社がある。社員六人の木製玩具メーカー「こまむぐ」(川口市)は、製造業では珍しいテレワークに取り組みながら、新たな商品の開発やファンの獲得に成功。インターネット販売の売り上げを大幅に伸ばした。社長の小松和人さん(39)は、確かな手応えを感じている。

 実家は鋳造用の木型を作る小さな町工場。川口の鋳物業の発展とともに、祖父が約六十年前に立ち上げた。父に次ぐ三代目となるべく入社したものの、長引く不景気で鋳物工場は次々と廃業していた。「ほとんど仕事がなかった」。わずか一年半余りで退社した。

 この先の人生をどう進むか。ヒントになったのが母が当時、工場の隣で手掛けていたベビーシッターの派遣事業だった。育児サービスと木型職人。接点がない両親の仕事がつながったら面白いのでは−。そんな発想に加え、わが子を授かった時期も重なり「子どものためのものづくり」への思いが強くなった。

 二十三歳からおもちゃ作家として歩み始め、心がけたのが「子どもの想像力で遊びが膨らむ商品作り」。例えば、ドングリの人形が坂道をトコトコと滑る姿が人気の「どんぐりころころ」は、坂の角度を変えれば動きも変化する。繰り返し遊んでも飽きず、工夫次第で楽しみ方は広がる。

 百貨店や雑貨店への飛び込み営業で全国を回り、地道に販路を広げてきた。それを一変させたのが、新型コロナウイルスだ。売り上げの九割を占める卸しの注文が、店舗の休業でほぼ消えた。代わりにネット販売が急増。四〜五月は前年同期の五倍に上った。

 その鍵はテレワークによって浮かんだアイデアにある。社員の家から家へと部材を郵送して加工を重ね、完成品に仕上げる。空いた時間を使って、自宅製作の各工程を早送りで一本にまとめた動画を会員制交流サイト(SNS)で発信。新たなファン作りにつながった。

 さらに、疫病よけの半人半魚の妖怪を「どんぐりころころ」に落とし込んだ「アマビエどんぐり」も生まれた。「自宅では作業効率が落ちる分、どうせなら手間をかけよう」と社員で意見を出し合い、細部まで着彩にこだわった新作だ。

 今後もテレワークを日常の働き方として取り入れる。「腕が立つ職人を育てる点では対面での指導より難しくなる」とジレンマも抱えるが、こうした課題を一つずつ克服すれば会社は成長する。コロナ禍で学んだ教訓は将来に生きると信じている。 (近藤統義)

コロナ禍で生まれた「アマビエどんぐり」(手前)。奥は人気商品の「どんぐりころころ」

<こまつ・かずと> 川口市生まれ。2003年におもちゃ作りを始め、16年に株式会社化。19年に社名を「こまむぐ」に改めた。直販店を兼ねた工房が同市元郷にあり、製作の様子を見学できる。「アマビエどんぐり」(3400円)はネットでの限定販売。8月には子ども向けのワークショップをオンラインで開く。


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生き抜く地域・企業に見る、withコロナ時代の地方創生とは|Glocal Mission Times (グローカルミッションタイムズ)

Reo Kobayashi

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5月25日に新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う「緊急事態宣言」が解除され、私たちの暮らしは、第2波を警戒しながらも経済を回していくという次なるステージへ踏み出しています。そこで今回、「withコロナ時代の地方創生」をテーマに、人材流動という観点も踏まえながら多角的に討議。コロナ禍において人々の生き方や働き方の価値観に変化が生まれたこの時代の趨勢を、いかにして地方創生の“追い風”とするのか。経験と知識に裏打ちされた両者の言葉から、そのヒントを紐解いていきます。

対談者:
一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事 木下 斉さん
株式会社日本人材機構 GLOCAL MISSON Jobs/Times 編集長 高橋 寛
(聞き手・執筆:GLOCAL MISSION Times編集部)

コロナ禍における首都圏のリスクとブランド価値の崩壊

−まずはじめに、コロナ禍の生活リスクについて、首都圏在住者としての率直なご意見をお聞かせください。

木下:都心で生活をしていて非常に感じるのは、逃げ場が少ないという点です。私自身はもともと、比較的在宅ワークが多い働き方なので良かったんですが、普通のご家庭だったらご自宅に仕事部屋がある方なんてそんなにいないわけで、さらに学校が休校で子どもも家にいる中で仕事をしなければならない。外で気分転換をしようと言っても、本当にわずかな公園や道路しかなく、過密エリアである都市部は共用部が極めて貧弱。東日本大震災のときの光景が今でも鮮明に脳裏に焼き付いているのですが、電車が止まり、とてつもない数の都民があちらこちらで大行列を作って家路につきましたよね。都市部で何か起きたとき、ある程度リスクを回避しましょうと言っても、回避できる逃げ場がなかなか無いわけです。

高橋:今朝、久々に通勤電車に乗って、おそらく通常の6〜7割くらいの乗車数だとは思うんですが、それでも正直、すごく不安でしたね。と同時に、数ヶ月前までなんで毎朝あんなすし詰め状態の電車に乗って通勤してたんだろう…と、あらためて痛烈に感じました。外出自粛要請以降も、最低限の出社は余儀なくされてましたが、社内外の人との打ち合わせもオンラインで事足りますし、仕事において価値発揮をするという意味においては、「会社に行く」というこの時間がいらないなとあらためて気づいたんです。中には通勤に往復2時間3時間かけている人もいるわけですが、人生の貴重な1日24時間のうちの2時間3時間を毎日通勤のために費やしていることが本当に馬鹿馬鹿しいなと思って。
東京に住んでいるがゆえのデメリットが途端に浮き彫りになってしまい、これでまた第2波がきて、また緊急事態宣言が繰り返されて…となったら、東京に居続けることの不安やリスクが増すばかり。わざわざ高い家賃を払ってまで東京に住んでいる理由は、仕事面や子どもの教育面でそれなりのメリットを得られるからだったけど、今回のコロナを機にいろんな改革が進んでそこがクリアになってしまうと、もはや東京に居続ける意味も無くなってしまうなと。

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−これまでスタンダードとされていたことがこれを機に見直されて、都市部の優位性が薄れてきているということでしょうか。

木下:そうですね。IT革命とか言ってた頃からかれこれもう20年以上経っているわけですよ。だけど根本的にやってこなかったことがたくさんあって、それは民間も行政も教育機関も同様で、それが今回やらざるを得なくなってやってみたら、そもそも人が一同に集まらなくてもよいことがたくさんある、と皆気づいたわけです。もちろん中には出勤を余儀なくされる仕事もあるにせよ、必ず毎日通う必要があったのかと。オンラインでも十分できることが山程ある、と。東京23区にある主要企業のオフィスコストは社員一人当たり月6.4万円もかかっているんですが、これが馬鹿にならない数字なので、なんとかコストを削減しようということでようやく昨年頃からいろんな企業がテレワークを導入し始め、PCの売り上げも回復してきたと言われていたんです。そんなところで今回のコロナショックが直撃し、在宅ワークが一気に加速した。今後も当然、リモートで仕事ができる人たちは極力それでいこうという話になっていくでしょう。
教育現場もオンライン教育という選択肢が出てきて、僕もN校(通信制高校)と一緒に仕事をさせていただいてるんですけど、開校わずか3年で生徒数1万人を超え、その後もうなぎ上り、アフターコロナの影響でさらに増えていますからね。要は、それだけオンラインを活用した教育の在り方が浸透してきたということ。今まではそこに集うこと前提で校舎を建てようとかやっていましたけど、いっそWi-Fiルーターを貸し出す方がよっぽど教育機会の提供につながるんじゃないかと思うんです。
コロナショックをきっかけに、自治体でもタブレットを配ったりし始めていますが、そういうのも東京都市部より地方の方が頭数が少ない分素早い対応になる。行政サービスにしても、東京がすごくオンライン化が進んでいるかというと全くそんなこともなく、結局地方とあまり変わらない。そうなると、東京都民1400万人分を人海戦術で処理するのって非常に非現実的で、地方は10万人とか、地域によっては2〜3万人、下手すれば数千人のところもあるわけだから、スピード感が全然違うわけです。
そう考えると、今後オンライン化が進むことによって、東京か地方かという以前に、そもそもどこか固有の場所に生活拠点を持たなければいけないという概念自体がナンセンスになるなと。一極集中の是正って、東京か地方かのいわば引っ張り合いみたいなところもありましたけど、本当の解決策っていうのはそこじゃない。居住の安定化がなくなり、多拠点での生活を皆が普通に選択できるような、そんな社会の流れが今後ますます強くなるのではと思います。

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一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事 木下 斉さん

高橋:ひと昔前に「首都機能移転」という話がありましたけど、あれがずっと掛け声のようになっていて、いつしか“東京対地方”という構図になって。仕事においても居住においても東京には絶対的な価値観がありましたよね。その根っこを支えていた価値観が薄れてきた今、木下さんの仰る通り、ライフステージに応じて居住地を移すというスタイルが、これからさらに加速すると思います。おそらく長い期間をかけてコロナウイルスと向き合っていかなければならないとなると、地方側でも様々な環境や考え方の変化が起こるでしょうし、最終行き着くところは、一箇所に根を張り続けることの無意味さですよね。

木下:先ほど話に出た通勤時間に関しても、首都圏だと平均で見ても月に100分前後くらいかかっているという統計があり、これはもう膨大な時間の損失ですよね。今、東京が抱える根本的な欠陥は、人口が増える一方で、肝心な経済成長率がかろうじて全国平均を上回ったり、はたまた平均以下になったりと以前低迷し続けているということです。結局未だに、愛知、三重、つまりは工業分野のエリアが日本の経済成長を引っ張っている。東京は結局、東京に住んでいる人に向けたサービスが主流で、あとは事業の統括なども行われていますが、その分野はほとんどが内需型の企業の本社機能だったりするので、日本全体の経済が伸びているわけでもなく、東京における仕事の付加価値が上がるわけでもない。つまり、あまり成長しない都市にとてつもない人が集まってきて、インフラも含めて足りなくなってしまい、つまりは過集積。つまり都市化が進みすぎて効率があがる限界を超えてしまったという味方をする経済学者もいるくらいなのです。結果として1日100分もかけないと職場まで到達出来ないということそのものが、非常に大きな足かせになっていたわけです。だから、このコロナショックを受けてリモートワークなどが拡がり、この足かせが解消されていくだけでも、日本全体の生産性の改善につながっていくのではないかと。
こういった首都圏を中心に起きている変化に対して、地方もリモートワークをしている企業が増えれば、リモートワークという業態をシェアして東京の人材に副業として一部の業務を投げることができるわけです。リモートワークが主流になれば、人事評価もより成果主義になりますし、出来る人はどんどん仕事の機会を選べるようになるでしょうし。地方企業も、いきなりフルタイムで雇用するのは難しいとしても、たとえばまずは個別プロジェクトなどを首都圏にいるその分野のプロに依頼してみるのもいいでしょう。そのうち行き来する頻度が増え、一部拠点が必要となったときに、住民票とかの行政手続きも全部オンラインで済むようになったら、ぐっとハードルも下がりますよね。今はいちいち行政窓口に行かなきゃいけなかったり、1月1日にどこに住んでいたかで課税対象が決まるという非流動的な生活スタイルを前提とした制度が置かれていますが、こういうのも本来はどんどん変えていくべきだと思うんです。1年の3分の1をある地方に滞在したらそこに税収が落ちるとか、そのための補足が十分可能となっていくような。こういうことを叶えるためにも、地方は今すごいチャンスだということを理解して変わらないといけない。コロナ禍においても首都圏は問題が多いので当然変わろうとする。一方で地方は都心に比べれば大したことがないから元に戻る…となってしまうと、それはものすごいチャンスの喪失だと思います。

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「場所の制約」から解き放たれる時代へのシフト

−地方にとっては今がチャンスということですね。ではwithコロナを見据えて、あらためて感じる地方の魅力や居住面でのメリットについてはいかがでしょう?

木下:地方ってすごく多様じゃないですか、ものすごい中山間地域もあれば、都市もあって。東京からいきなり山奥に移住というのは難しいですが、これは地方に住んでいる方も同じで、子育て世代の方は基本、県庁所在地とかいわゆる都市部に住居を構えて、通勤型の生活スタイルを送っているケースがほとんどです。地方の都市部は圧倒的に機能が充実していて、人口は少ないのに、病院だったり一通りの機能が備わっている。今後コロナウイルスの影響を受けて完全移住とまではいかなくとも、一定期間を地方で生活するとなったときに、こういった地方の都市部環境は個人的にもすごくいいなと思います。不動産も東京に比べたら劇的に安いですし、そこに生活拠点を持って車でちょっと走れば大自然にも触れ合えますし、子育て環境としても良いですよね。空港なども近くインフラも整っていて、新幹線という手段もありますし、仕事で月に何度か東京に来る機会があったとしてもそこまで億劫にはならないので、第2第3の拠点を持つ上ではすごく魅力的だと思います。

−地方の都市部はコンパクトに機能が集約されていて、子育て支援にも注力されている自治体が多いですしね。若い世代にとっても、都心よりずっと暮らしやすいなと。

木下:地方は待機児童ゼロのところも多いですもんね。

高橋:首都圏型・都市型ならではの制約の多さっていうのもありますよね。家賃の高いマンションに住むか、家を建てるにしてもすごい狭小地。通勤も都心まで往復2時間3時間かけてっていう、こんな選択肢しかない。“地方”という選択肢をうまく取り入れていければ、自然豊かな場所から都市部まで、自分のライフステージや家族の状況に応じながら幅広いグラデーションが用意されているわけで、そこがやっぱり地方の魅力として一番大きいなと思いますね。買い物でも教育でも、東京の人が思っている以上に維持継続できる環境が整っている。このあたりにもっと人々が気づいていければ、地方という選択肢がスタンダードになってくるんだろうなと思います。

木下:そうですね。特に今変化を遂げているのが、金融とかメディアとか。場所の制約という意味でも比較的自由度が高く、時間あたりの付加価値も高いこの分野の層が、多拠点居住とか移動に対してすごく積極的です。東京大都市圏はこれまでの歴史の中で産業集積を形成してきたので、つまりはいろいろな機能を担っている人たちが数多いる。このあたりの人たちから、東京を完全に離れてというよりは、東京にも軸足は置いたまま、地方にも一定期間滞在しようという動きが実際に出てきているので、そこに向けた雇用や住宅供給も大手不動産会社を中心に今後増えていくと思います。

−実際にそういった方々からのご相談も来ているとか。

木下:はい。住まいのご相談もありますが、多いのはビジネス、店舗の展開・移転についてですね。今回の感染拡大でもそうですが、何か起きたときに、東京は同種業態ぜんぶ網がけされてしまって、せっかく再スタートできてもまた規制がかかってしまう。さすがに経営体力も続かないし、当然、地方への店舗移転や本社拠点の移動といった話は出てきますよね。地方は圧倒的に物件の供給が過多ですから、場所も選択しやすいですし。オンラインが主流であれば、わざわざ東京に店舗や倉庫を置かなくても、地方に移してしまった方が絶対に良いわけで。地方にはオンラインを導入して伸びている会社がたくさんありますが、このコロナショックの中でさらに増えています。不動産コストが安くて、ウイルスの感染拡大防止における様々な規制も受けづらいためビジネスを計画的に進めやすいですから。

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−そういった地方ならではの魅力が浮き彫りになる中で、従来のスタンダードがどんどん変化していますが、働き方については今後どういった動きが加速していくと思いますか?

高橋:この3月に、首都圏の大企業で管理職として働く1650名のビジネスパーソンにアンケートを行ったところ、51%もの人が「地方で働くことに興味がある」と答えたんです。直近の比較でいくと、一昨年は42%、昨年は48%、そして今年はついに半数を超えて51%に、さらにアフターコロナ時代に突入したらますます増えていくことが予想されます。先ほど木下さんのお話でも、個人事業主や高所得層の多拠点居住ないし地方への移動は始まっているというお話がありましたが、この結果を見ると、首都圏の40代50代のビジネスパーソンの方たちも地方の魅力に気づき始めていて、非常に関心が高いんだなと。セカンドキャリア、ラストキャリアを見据え、地方貢献にチャレンジしたい、自分のキャリアを生かして地元に還元したいという想いがより拡がっていくのではないかと思います。
これまでは地方移住というと、子どもの教育や周囲の反応なども含めとてつもなく高いハードルだったのが、世の中の価値観の変化により、東京に居続ける意味が薄れ、地方で働くという選択肢が受け入れられやすくなってきている。地方で働くということは、社長の右腕として活躍したり、自分の仕事の成果が地域の発展に寄与したり、そこでこそ得られる醍醐味に溢れているので、この流れを追い風に、そういった魅力に気づく人がどんどん増えていくのではないかと思います。実際に我々が運営している求人メディア(GLOCAL MISSION Jobs)でも、コロナショック前と比べてハイクラス層からの応募が32%増となっていて、驚いているんです。

木下:それはかなりの増加率ですね。

高橋:リモートワークを経験してみて、人々の価値観が変化してきたことが大きいかと思います。自粛生活の中でふとメディアを見ていただいて、地方の魅力や可能性に気づいていただけたことが、この32%増という数字に結びついているのかと。

木下:僕も熱海の方で副業企画について経験者の方々に語って頂くイベントに参加した時に感じたのが、ネットのシステム構築とか、マーケティングとか、そういった分野をできる人材が地方には本当に少ないんですよ。地元中小企業とかも不動産など資産はたくさん持っているのに全然活用できていない企業が多い。そこでいきなりフルタイムではなく、月に1回行く程度のリモートサポートという形で募集をしてみたところ、都心で働く優秀な若手人材からたくさん応募がきて。やっぱり地方企業のオーナーは想いを持っているので、そういった部分に共感し関係構築していく方が多いですよね。とある地元のガス会社さんも、使われていないシステムキッチンのショールームとかをたくさん持っていたんですが、地域のお母さんたちが使える共用キッチンとして登録制で解放し、LINEのアカウントを開いて募集をしたところ、かなりの応募が集まり稼働するようになって。それは都内の大手企業に勤める20代後半くらいの方が仕掛けたんですけど、今まで存在すら知られていなかったものがネットのコミュニティを形成したおかげで一気に拡散され、成功した良い事例です。
そういった“企画力”や”システム開発力”を生かせる仕事ができる人が地方には枯渇しているので、ひとつ成功し、だんだん実績が生まれてくると、同業者から「紹介してくれ」と言われるわけです。そうなると仕事が仕事を生むサイクルになっていって、地方にもこれだけ仕事があるなら軸足を置いてもいいかな、となる。起業も含め、選択肢が増えてくる。いきなり片道切符で、成功するかどうかもわからない所縁のないまちに行くのは現実的ではないですが、そんな風にリモートというスタイルで人材リソースの共有化がされると、お互いそれぞれのチャンスを体感できるので、キャリアの選択も判断しやすくなりますよね。

高橋:生産性の向上が必要な日本経済において、レバレッジが効くのは地方だなとすごく思います。技術やプロダクトとか、地方には魅力的なものがたくさんあるのに、アイデアが足りないだけで売れなかったり、資産を生かしきれていないのが勿体無いなと。そういうある種伸びしろがある地方企業はごまんとありますよね。
実際に我々のメディアやサービスを活用いただいた地方企業にお話を聞くと、社員採用では絶対に縁の無かったようなスキルと経歴を持った方が応募してくれると。先日も鹿児島で農業を営むとある企業様に、世界規模のIT企業の社員が副業で参画してくださったんですが、WEBを含めた商品の販路開拓から教育まで、本当にいろいろな角度から引き出しを提示して伴走してくれて、それが大きな風となって社内の人たちも刺激を受けて、さらに会社全体の成長が加速していって。そんな声が全国各地の企業様から聞こえるんです。副業自体はちょっとした結びつきかもしれませんが、地域に与えるイノベーションという意味では、すごく意義を感じます。

木下:そこは僕もよく耳にしていて、驚いたのが、副業人材は既存の社員と衝突するのかと思ったんですけど、他の社員もめちゃくちゃ刺激を受けてポジティブになるっていうんですよね。いまの段階で副業とか多拠点とか、そういう選択肢を取る人って、かなりアクティブな人なわけですよね。少なくとも、嫌々仕事をしているとかではなくて、自分なりに活路とかキャリア形成を考えている人。そういう人は当然人脈も広いから、何か相談したときに、「知り合いでこういうことできる人いるから紹介しますよ」となって、そうなると特に若い社員は、「自分たちの会社でもいろんなことが出来そうだ」と、事業の発展への期待もぐっと高まって、モチベーションがすごく上がるという話を、地方企業の役員の方が仰っていました。そうすると結局、若者の流出も防げるわけですよね。未来はないと思っていた地元に、まだやりようによってはこんなに可能性が広がっているんだと知るわけですから。

高橋:ですよね。今のは受け入れる企業側の話ですけど、副業者自身も副業を通してモチベーションが高くなるといいます。中間管理職でマネジメントや社内調整ばかりしていて、全然バッターボックスに立てないという方も多く、そういった方からの応募が多いのも事実です。副業という立場だからこそ受け入れ先企業に対してフラットに指摘できる部分もあって、それは受け手側にとっても非常に嬉しいことですし、当の本人も必要とされている感を大いに味わえる。そこでやりがいの連鎖が生まれ、「もうちょっと続けたい」という声が副業をされている方から上がることも多々あります。本当に、誰にとってもあまりデメリットが無いですし、結びつきや機会さえ与えられれば、どんどん良い化学反応が起きると思います。

−これまでいわば鎖国状態だった地方に副業という形で東京の人材が加わることによって、本当に良いイノベーションが起きているんですね。

木下:東京では当たり前でも、それに気づいていない地方企業ってたくさんあるんですよ。外から言われてようやく気づく。たとえば細かい話でいうと、女性社員の制服着用の義務化だったり、老朽化したボロボロの社宅だったり。ずっとその地にいる人には当たり前でも、外から見たら「そりゃ地元離れて東京で働きたくなるわ」と思ったりすることたくさんあるわけです。そういうおかしなことってたくさんあって、だからそういう問題点をちゃんと会社が考えて改善すると、やっぱり採用も改善するというわけです。外からの視点をよそ者扱いしないで、地方企業側にもちゃんとメリットがあるわけだから、うまく活用していけばいいんですよね。
人材がなぜ流出してしまうのか、なぜ集まらないのか。その根元的なことに気づくだけでも、副業を活用する価値はあると思います。外の目を入れるという意味で。ましてや当事者として組織に参画してくれて、アドバイスだけじゃなくて実現まで一緒にやってくれる人がいたら、それはすごくありがたいことだと思いますよ。

−木下さんがよく仰っている「地元経済圏の再評価」というのも、そこにつながってきますよね。

木下:そうそう。地方にもそれなりに大きな経済圏ってあるじゃないですか。日本はあまりに良かった時代があるから悲観的だけど、未だ経済規模の大きな国です。地方も同様。そういったところは、要は地方でそれなりに教育投資を受けて東京に出てきている人たちが多いということなので。そういう人たちの力を還元してもらえばいいんです。ふるさと納税はお金の仕組みでの還元ですけど、先ほど高橋さんが仰っていたように改善すれば飛躍的にパフォーマンスが上がる部分って地方にはたくさんあるわけなので、お金はあくまで結果で、一番の資源っていうのはそのお金を動かし、生み出していくメカニズムを作る「人」なんです。AIでもない、その人間のリソースっていうのを地方に分散させることが重要なんです。地方人口が極端に回復しなくても、高齢者と若者のバランスがある程度是正されて、かつ人口一人あたりの所得の高い産業がしっかりと残っていれば地方経済が破綻することはないわけですよね。今回のようにオンライン化が進み、場所を問わずに働けるようになれば、自分の得意とする分野で、人脈とか知識とか経験とか、自分の持っているリソースをその地域に投入することができるので、今はその過渡期とも言えるのかもしれません。外注ではなく、それぞれの会社のインサイドで、いち社員として成果を共有し、同じ仲間という関係で仕事をしていく。社員なんだけど毎日来ないというスタイルを受け入れるのは、これまでの概念を切り離すという意味でも地方企業にとっては難しいことなんですけど、そこが変われば、大都市圏で起きている変化もすごく追い風にできると思うんですよね。いまある意味では、人口プールに、このマーケットにすっと入ってきてくれる可能性がすごくあるので、そこをキャッチできる地域・企業、キャッチできない地域・企業で、すごく差が出ると思います。

高橋:全く同感ですね。地域課題、地方企業課題に対して、人が持っているスキルをどううまくシェアしていくかという。副業を通して、家や本業とはまた違ったコミュニティができ、そこにまたやりがいや生きがいを感じる世の中にシフトしていくのではないかと思います。定年まで勤め上げるという価値観が無くなった今、兼業しながら皆で力を合わせて多様な経験を積みスキルを伸ばしていくというのが圧倒的なキャリアの主流になっていくこれからの時代において、副業をやらない手はないと。

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ピンチをチャンスに変える地域と、そうでない地域

−人々の価値観の変化や新たな需要をものにできる地域ないし企業と、そうでないところの違いはなんでしょうか?

高橋:副業の拡がりに対する課題としては、受け入れサイドのスタンスかと。「東京モンが」とか「ここに根っこを降ろさんと話は聞かん」みたいなところもまだまだありますが、それはもう古い概念で、そもそも根っこを降ろしていないと企業にコミットメントしていないのかというと、そういう話ではないわけで。どれだけ柔軟に耳を傾けられるかが、後々大きな差になりますよね。

木下:中部圏は工業で財政が良いから、自治体変化も非常に鈍い。だから結果的に次の時代の変化には一番遅れるのではないかと思います。かつて栄えていた工業地帯である北九州も瀬戸内も厳しい状態ですよね。半世紀前、鉄鋼大手が調子悪くなるなんて誰が思ったでしょう。瀬戸内の世界に誇る日本の造船屋さんがここまで厳しくなるなんて誰が想像したでしょう。悪くなり初めて随分たつわけですが、なかなか変われないまま今に至るのです。アメリカでさえ自動車産業で山高ければ谷深しを経験しているわけで、デトロイトとかも1980年代にはかなり自動車産業が悪くなってきていたけど、自治体が破綻するまでには40年近く時間がかかっているのです。いいところは悪くなり始めてもなかなか変われず、決定的なところまでいってしまうのです。本当は、良いときに次に行かなければならないんですけど、成功体験の自負があるからなかなかそうもいかないわけです。
そういうことを踏まえると、サービス産業や宿泊、飲食などは競争が激しい分、変化せざるを得ない。地方だと農業生産業や農林水産業なんかも、ある意味一度谷底を見ているから、今となっては変化を素直に受け入れるようになりましたよね。一度徹底的にだめになって、可能性がないような分野も、やり方を見直したり、他の分野の人や知恵が入ることによって、また息を吹き返すことがある。

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高橋:健全な危機意識というのでしょうか。このままじゃダメだと、普通に思える企業がやっぱり伸びていくなと。一つ事例でいうと、関西エリアにとある和菓子屋さんがありまして、そこの社長がすごく先進的な方で、海外事業にもチャレンジしたいから、中国のアリババで和菓子を売ってみようと言うんです。商品のビジュアルも美しいし、ジャパニーズブランドで展開したいと。それで結局、社内の知恵だけではどうしようもないから、東京の優秀な人材を副業で受け入れようと募集をかけたんです。最初は一人の採用を想定していて何人か候補者がいたんですけど、みんな全く違う畑でキャリアを積んだプロフェッショナルたちで、各々良いところがある。ならばそれを全て吸収するのが一番手っ取り早いのではないかということで、結果3名を採用してそれぞれの知恵を借りながら、いろいろなプロジェクトが進んでいったんです。健全な危機意識さえ持っていればどんどん進化していけるんだというのを、その企業を見て感じましたね。

木下:そういう柔軟な経営者は、やっぱり何が起きても変化に対する対応力がありますよね。

−個人も地方も、フレキシビリティが問われる時代になっていくということですね。

木下:そうですね、やはり企業も自治体も、トップが柔軟かどうかというのはかなり重要。副業人材を募集しても、アナウンスだけで終わってしまうところもあれば、本当に実行に落とし込んでいけるところもある。その違いは何なのかというと、やっぱりトップが本気で変化を起こそうと思っているところは当然起こるし、そうじゃないところは成果が生まれない。トップが人材とどう向き合えるかというのは、副業に限らず、現在の業務でも結果に表れていると思うんです。適材適所に配置して良い仕事をしてもらうというスタンスは、外に対してだけでなく社内でも同じで、組織力のある自治体なんかはやはり社内外いずれに対しても人事力を発揮できていますよね。

高橋:仙台にある味噌屋さんから製造ラインを変えるにあたってプロ人材を紹介してほしいという話をいただいたときに、同業の食品系の生産管理経験者を推薦しようとしたのですが、NOと言われて。世界的な国産自動車メーカーで製造ラインの生産性改善とかをやっているような全く異業種のメソッドを敢えて入れたいから、全然違う人を連れてきてくれないかと仰るんです。つい既存の成功体験があるとそれに引っ張られてしまうけど、確かに、本当のイノベーションを起こすときって、違うやり方や考え方をどれだけ取り入れられるかだとあらためて思って。その味噌屋さんのオーナーもやっぱり志が高く、知的好奇心も吸収力もあって、謙虚な方でした。

木下:そういうトップのもとには優秀な人材が集まってきますよね。

withコロナを生き抜く打ち手

−最近では、コロナの影響で雇用喪失した観光業界に農業の人材を融通し合うといった取り組みもありますが、アフターコロナ・withコロナを追い風にするための心構えや具体策について、ぜひアドバイスをお願いします。

木下:今現状としては、コロナウイルスそのものよりも、自粛含めた経済規制によるダメージの方が経営者にとっては大きいわけですよね。でもこれだけの経済規制を敷かれても、危機を迎えていない企業もたくさんあるわけです。ちゃんとした経営をやってきているところは金融機関含め社会的な信用度も高くて、こういった状況下でも早期に支援が組まれるので、おそらく短期的なスパンで大きな危機にはならない。もちろん、事業資金の蓄えがちゃんとあるところもそうですよね。あとは、地域外ばかりに目を向けて商売をやってこなかったところ、つまり、もちろん地域外から来るお客様もいるけれど、地元の人や常連さんを大切にし、そういった人たちが通い続けているようなお店や宿とかは、影響が非常に限定的で戻りも早いようです。インバウンドに注力し過ぎたり、予約の取れない店として新規顧客ばかりを集めていたようなところは、こういう局面で支えようとしてくれるお客さんがいないので、ぱたりとダメになってしまいますよね。
あとは適切なバランスを持って事業の多角化を行っていたところも強い。ある分野はダメだけど、別のある分野はすごく伸びていて…という話もよく聞きます。九州産の素材のみで作られたパンケーキミックス粉で有名な「九州パンケーキ」の経営者である村岡さんともよく仕事でご一緒するんですが、飲食部門のカフェは国内にとどまらず海外にも進出しアジアで大人気にも関わらず、この世界的な自粛の波を受けて壊滅的だそうです。しかし、一方で「九パン」というブレッドブランドで食パンを作っている部門は、地元の人が買いに来てくれるので各店舗とも売り上げゼロにはならないとのこと。そして冠商品であるパンケーキミックス粉やパスタの販売は通販を中心に展開しているので、この自粛期間中も生産が追いつかないくらい売上げが伸びているそうです。さらに老舗本業でもある寿司屋部門はテイクアウトなど地元の方々が支えてくれたことで1割程度しか売上が減少しなかったといいます。今回、このネットというチャネルがすごく跳ねたので、その部門を持っている企業は伸びて、また老舗で地元客が支えてくれる店とかは下支えが強かったと思います。
宮崎はかつて口蹄疫という家畜伝染病が流行り県内全て自粛という危機に瀕しながらも乗り越えてきた歴史があるので、一定の資金を備えたり、多角的な業態を持ったり、変化に対する構えが以前からできていた。それが今回功を奏しているんだと思います。
北海道の「サツドラ」も、もちろんインバウンド顧客もたくさん来るので大切なんだけれども、でもやっぱり地域に根ざしているので日販部門に注力していたし、コロナショックの影響を受けても、どんどん変化対応し、朝のマスク販売を全国で先立って中止したりしていました。北海道は一昨年、北海道胆振東部地震があったじゃないですか。あのとき発電所が止まって通信網にも影響が出たので、同社は社内コミュニケーションを抜本的に見直して、すべて社内SNSに切り替えたそうなんです。それで今回のコロナショック下においても、意思決定や報連相がエリアマネージャーや各店舗含めすべてオンラインでできたので、コミュニケーションが非常に円滑に行われ、毎日どんどん改善していった。その結果、日本のドラックストアで初めてマスクの開店時販売を中止するという英断に至り、試験的に何店舗か行ったら反応も良かったので全店舗に広げたとか。他にもポイント事業や、顧客をカメラで分析するAIなどのグループ会社で多角的な経営をしているので、そこも強いですよね。地震の被害を乗り越えてすぐさま社内改革を行い、適切な多角化を行っていたことが今回のショックを緩和する上で非常に大きかったと思います。
今回のコロナショックにおいても変化の予兆というのは既にあったわけですが、リスク評価は心理的なものがベースにあるので、完全に変わらなくても、元のやり方がある程度許容されるときが来るかもしれない。でもおそらくそういう企業や地域も然りですが、次の危機は乗り越えられないと思います。
たとえばいずれ国境封鎖が解除されたとき、新たな病気や感染など何が起こるかわからない。今回のウイルスもこんなにものすごいスピードで世界中に影響を与えるなんて誰も予想できなかったし、またこういった危機は必ず訪れるわけです。さらに日本は地震をはじめとしたさまざまな自然災害を警戒しなければならない中で、今回の危機で変わることができる会社や地域は、次の危機でもきっとまた伸びていくんだと思います。一方で変わらないところは、当座しのげたなと思って油断したときに次の危機が襲ってくると、そこで息の根を止められてしまうだろうなと思います。

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高橋:このピンチをチャンスと捉えられるか、ですよね。我々が運営している求人メディアに掲載いただいている企業も、流石に採用計画の見直しがあるんじゃないかと思ってすべての企業に状況を伺ったんです。もちろんいったんは様子見というところもありましたが、ピンチはチャンスだと仰る企業もたくさんあって。どの企業も横並びで採用を見直しているときに、積極的に採用を行うと言うんです。こういうときだからこそ優秀な人材が必要だと、だから可能性のありそうな人はどんどん推薦してくれと、非常に大きな期待を寄せていただいて。もちろんそうは言いながらも、少なからず経営ダメージは受けているはずなのに、今後発展するチャンスだと捉えていらっしゃるんです。そういう企業が地方にどんどん拡がり、東京よりも先に危機を乗り越えていったら、都心のビジネスパーソンの地方への関心もより高まっていくんじゃないかと思います。

木下:自治体とかも今回ある意味すごくチャンスで、この機会にオンライン化とかがいろいろ進めば、不毛な窓口業務や電話応対も減り職場改革もできるわけです。予兆に備えて、民間の企業と組んで手続きのオンライン化を進めていた自治体なんかは、一斉にアクセルを踏めるようになって、どんどん進化している。同じ都市圏内でも、「あそこの自治体は先進的で面白いらしい」と転職希望者が殺到していたり。そういう変化を先取りできる組織や地域が、やはり伸びていくんだと思います。
地方圏の上場企業とか、若い人にどんどん事業継承できる企業っていうのは、すごくチャンスを感じます。すごい教育投資を受け、さまざまな会社で経験を積んだ人を柔軟に受け入れられる会社は、今後に関してもすごく前向きに捉えられると思います。オーナー型企業ってやっぱりそこですよね。良い人がトップに立てば飛躍的に伸びるし、そうでない場合は衰退してしまう。

高橋:ダーウィンの「唯一生き残るのは変化できる者である」という格言がありますが、その変化をうまく捉えて波に乗るというのが、これまでの対話で出てきたスタンス面だったり、人材の活用術だったり、そこに尽きてくるのではないかと思います。それができる地域、それができる企業が元気になり、そういうところに人は魅力を感じ応援したくなる。そういった差が随分と見えるような時代になっていくのではないかと。国の地方創生に向けた取り組みが始まって早6年になりますが、コロナ禍で生じたさまざまな変化によって、地方に希望の光が色濃く見える時代が訪れているのではないかと思います。
地域、企業、そして我々一人ひとりが、地方創生のあるべき姿を考え、雇用の流動化を進めるとともに、新たな生き方・働き方に適応できるような社会全体の仕組みをつくり上げていくことが、withコロナ時代を生き抜くカギになるのではないでしょうか。

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木下 斉(きのした ひとし)さん

1982年東京生まれ。1998年早稲田大学高等学院入学、在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長就任。2005年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。2007年より熊本城東マネジメント株式会社を皮切りに、全国各地でまち会社へ投資、設立支援を実施。2009年、全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事。2013年には都市経営のための公共資産利活用などを推進する一般社団法人公民連携事業機構を設立、理事。内閣府地域活性化伝道師や各種政府委員も務める。主な著書に「福岡市が地方最強の都市になった理由」(PHP研究所)、「地方創生大全」(東洋経済新報社)、「稼ぐまちが地方を変える」(NHK新書)、「まちづくりの経営力養成講座」(学陽書房)、「まちづくり:デッドライン」(日経BP)など。まちを経営するWEBマガジン「エリア・イノベーション・レビュー」も発行している。

著者: ” — www.glocaltimes.jp

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アイデムフォトギャラリー[シリウス] 公益社団法人 日本写真家協会 JPS2020年新入会員展「私の仕事」:2020年7月9日(木)~7月15日(水):時事ドットコム

Reo Kobayashi

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[株式会社アイデム]

求人広告を企画・発行する株式会社アイデム(新宿区新宿 代表取締役:椛山亮)https://www.aidem.co.jp/ が運営するフォトギャラリー[シリウス] https://www.photo-sirius.net/ は公益社団法人 日本写真家協会 JPS2020年新入会員展「私の仕事」を2020年7月9日(木)~7月15日(水)に開催いたします。

【写真展案内】
公益社団法人 日本写真家協会(会長 野町 和嘉)は、現在プロ写真家1,418名を擁し、種々の
活動を行っておりますが、その事業の一環である、恒例のJPS2020年新入会員展「私の仕事」を
開催いたします。今年入会した様々な分野で活躍する33名が出展する、彩り豊かな会員展となります。
ドキュメンタリー、コマーシャル、風景、人物など、それぞれの専門分野を活かした作品、1人2点の
計66点(カラー・モノクロ)を展示いたします。
写真家が何を見つめ、どう写真と向き合っているのかを感じ取っていただけたら幸いです。
大阪展:2020年8月28日(金)~9月3日(木) 富士フイルムフォトサロン 大阪

展示写真家(五十音順)
設楽 光徳 朝倉 豊 伊藤 英 井上 英祐 今井しのぶ 今井 広樹
今浦 友喜 梅元 将吾 奥 清博 小倉 元司 小曽納久男 郭 允
後藤 啓太 酒井 宏和 笹岡 悟史 佐藤 均 渋谷 敦志 玉城 尚俊
戸室 健介 中西 敏貴 中村 翔 滑 恵介 西邑 泰和 藤牧 徹也
細野 晋司 堀 誠 牧島ヒロミツ 松本 敏之 峯水 亮 吉 元偉
頼光 和弘 LUCKMAN 渡辺 達生

■公益社団法人日本写真家協会:連絡先
住所:〒102-0082 東京都千代田区一番町25番地JCIIビル303
TEL:03-3265-7451、FAX:03-3265-7460、E-mail [email protected]、URL https://www.jps.gr.jp/

平日、土曜日は10:00~18:00まで(最終日は15:00)
*日曜日休館

【ご来館の皆さまへのご協力のお願い】
・発熱や咳の症状、体調不良のある方は、ご来館をご遠慮くださいますようお願いいたします。
・ご入館の際はマスクを着用をお願いいたします。
・手指消毒液を設置しておりますので、ご入館時は手指の消毒をお願いいたします。
・他のお客様との間隔を空けるようお願いいたします。
・大きな声での会話はご遠慮ください。
・混雑時は入館を制限させていただくことがございますのでご了承ください。

写真展の様子は「シリウスブログ」でもご紹介します!
■シリウスブログ https://www.photo-sirius.net/blog/
■シリウス公式Facebook https://www.facebook.com/photo.sirius

[お問い合わせ]
アイデムフォトギャラリー シリウス事務局
担当:澤本
TEL:03‐3350‐1211
https://www.photo-sirius.net/

企業プレスリリース詳細へ
(2020/07/06-10:41)

著者: ” — www.jiji.com

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「ネットカフェ難民」漂流の危機-コロナ禍のしわ寄せ、若い世代にも |

Reo Kobayashi

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新型コロナウイルスの感染拡大は、「生活弱者」に大きなしわ寄せを及ぼしている。中でも、休業要請のため、退去を強いられたインターネットカフェ難民の多くは、居場所や仕事を失いかねない岐路に立たされている。

「嵐が来た」

NPO法人TENOHASI(てのはし)は、東京・池袋を拠点に主にホームレスの人々を支援している。主な活動は2週間に1度の炊き出し(現在は感染防止のため弁当配布)や生活相談のほか、毎週水曜夜に路上生活者を見て回り、おにぎりやパンフレットを配る「夜回り」だ。

TENOHASI代表理事の清野堅司氏
TENOHASI代表理事の清野堅司氏(筆者撮影)

路上生活者が減少傾向にあった矢先、「今年3月に突然嵐が吹き荒れた」と、代表理事の清野堅司さん(58)は振り返る。新型コロナウイルスの感染拡大とともに、経済活動が停滞。炊き出し参加者は3月から増え始め、4月は1回200人超、5月には同260人を数えた。相談件数は4月から6月半ばにかけて累計80件。前年同期の3倍に膨らんだ。

年配の長期路上生活者に加えて、「今まで炊き出しに並んだことがなかったようなインターネットカフェ難民系の若い人が参加し始めた」と、清野氏は驚く。建設業を中心に日雇いや派遣の仕事が急減、困窮者が増えたのに加え、4月の緊急事態宣言を受けネットカフェが営業自粛要請の対象(東京都は6月11日解除)となったことが追い打ちを掛けた。「住民」はいったん退去せざるを得なくなったのだ。

6月27日、炊き出し会場の東池袋中央公園を訪れると、開始時刻の午後6時よりも1時間以上前から混み始め、確かに20代から30代と思われる若い人たちや女性の姿がちらほら見えた。弁当配布の長い列に2回並び、両手いっぱいに弁当袋をぶら下げ持ち帰る人が多い。相談コーナーや鍼灸(しんきゅう)コーナーも盛況だ。

最近、相談に訪れた男性はネットカフェをねぐらとして、リサイクル家電を東南アジア向けにコンテナに詰め込む仕事をしていた。2月の時点では、「1日1万円で週3回来てくれ」と雇用主に言われていたのが、3月には「週1回」に減った。日本での感染拡大で相手国の検疫が厳しくなり、景気も悪化したためだ。掛け持ちの建設現場の仕事も急速になくなり、5月の月収は6万5000円に落ち込んだ。

仮の住まい

ネットカフェ難民は、日雇いや派遣など不安定で賃金の安い仕事に就きながら、平均で1日2000円程度の格安な24時間営業の店をねぐらとしている。東京都内だけで約4000人いると推計されるが、営業自粛で退去を余儀なくされた人々の一部は、東京都が4月から「受け皿」として借り上げたビジネスホテルに移った。都の説明では、これまでに延べ約1200人が利用した。

実際、6月24日の夜回りに同行させてもらうと、東池袋周辺では、公園や陸橋の階段下など薄暗く人目に付きにくい場所に16人の路上生活者の姿が確認できたが、若い人は1人だけ。ネットカフェ難民は全てとは言わないまでも、一定数はとりあえず路上生活を免れたように思える。

リサイクル家電と建設の仕事を掛け持ちしていた男性も、豊島区のビジネスホテルに無料で宿泊。月収から割り出し1日2000円程度の予算内で、食事代のほか職場までの交通費、日雇いの仕事探しに欠かせない携帯電話代をやり繰りできたのも、無料の住まいを確保できたからだ。

しかし、男性のように、少額でも所得のある生活困窮者の場合、借り上げホテルにいられるのは7月1日まで。彼はその後どこへ行ったのか。

届かぬ公的支援

ネットカフェを利用する男性(本文とは関係ありません)=時事通信
ネットカフェを利用する男性(本文とは関係ありません)=時事通信

借り上げホテルはあくまで仮住まいであり、そこで住民票登録ができるわけではない。住民基本台帳に載っていることを前提とした特別定額給付金(1人10万円)や住宅確保給付金などの公的支援は受けられず、「一番必要な人に公的支援が行き渡らない」と、TENOHASIの清野氏は嘆く。

10万円の給付金の書類申請期限は、都内なら8月下旬。それまでに自力でアパートを借りて、自立できる人はいったい何人いるだろうか。

労働条件も劣悪だ。労働基準法では、コロナ感染防止のため、休業を余儀なくされた場合、従業員に60%以上の休業手当を支給することになっているが、派遣労働や日雇いの場合は、休業手当が支払われないことがしばしばあるという。

労働問題に詳しい猪股正弁護士は、「先々まで予定されていた仕事について、派遣先が途中で『仕事がないから来なくていいよ』ということになったら、責任を負い、ある程度の金額を派遣会社に払わないといけない。そこから派遣社員に休業手当が支払われるべきだ」と話す。

厚生労働省の調査によると、新型コロナ感染に関連した非正規雇用者の解雇見込み者は6月26日時点で9009人。調査を始めた5月29日時点の3.8倍に急増した。派遣契約は3カ月単位が多く、区切りとなる6月末を控えて雇い止めが増えたとみられる。

心理的な壁

都の借り上げホテルは既に一部で入居期限が切れ、今後も段階的に退去を余儀なくされる。困窮者はネットカフェに戻るのか、それともその金すらなく、さまようのか。清野氏は、「仕事が回復するのを待っていても、現状では回復しそうにない。ネットカフェに戻してしまうのではなく、生活保護の支給を受けてアパートを借りながら、時間をかけて仕事を探していくしかない」として、困窮者の保護申請の手伝いに奔走している。

だが、その試みは一筋縄では行かない。

生活保護を受けるには、申請者の親族に扶養能力がないのかを調べる「扶養照会」という手続きがある。つまり、役所から故郷の親族に対し、申請したことが伝わってしまう。申請者の多くは「保護を受けるような人間は怠け者。自分はそんな人間になりたくない」と自分を追い詰め、親に知られたくない心理が働く。特にネットカフェ難民は「訳あり」で故郷から出てきた人が多く、なおさらだ。

TENOHASIの相談コーナー(Koishi Kazuo氏提供)
TENOHASIの相談コーナー(Koishi Kazuo氏提供)

40代の独身女性は、ネットカフェ暮らしをしていた物流関係の派遣社員。4月以降、仕事が減って行き詰まり、都の借り上げ住宅にやっとの思いで入居。期限切れを前に、保護申請するか迷っていた。そもそも親元を離れネットカフェ暮らしをしていたのは「家族との不和」が原因だっただけに、「家族に知られるのだけは絶対に避けたい」との思いが強い。

その心情をくんで、TENOHASIの相談員は「虐待などが原因ならば、親族への照会は控えてもらえるはず」と諭し、心理的な虐待がなかったかなど、申請窓口へ行くまでの戦略を共に探っている。

コロナ禍のセーフティーネット

もう一つの大きな壁は、生活保護に対する世間の目の厳しさだ。「働きもせず、税金で支援されるなんて」という冷たい視線が向けられることがある。

京都市の区役所で生活保護の実務経験がある相続・介護コンサルタントの小笹美和さんは、「外から見ても分かりにくいが、病で働けないということもあるし、本人が保護に頼らずに働きたくても仕事がないという現実がある」と話す。「ほんのごくわずかしかない」という不正受給のせいで、偏見が広がりがちだ。

コロナ感染は世界的にまん延し、第2波も予想されることから、さらに多くの人々の雇用に響いてもおかしくない。「派遣の方は真っ先に切られやすいし、大企業にいるからといってリストラされないとも限らない。いつ、どこで、どんなふうに働けない環境になるかは紙一重だとすごく感じる。生活保護はセーフティーネット(安全網)として本当に必要だし、需要は増えて来るだろう」。小笹さんはそう見ている。

バナー写真:炊き出し会での衣類配布に並ぶ人々(TENOHASI提供)

用語解説「ネットカフェ難民とは」

家を失い、格安なインターネットカフェに半ば住み着いた人々は、ネットカフェ難民と呼ばれている。背景には、経済状況の悪化で収入が減ったり、家庭内の問題から家を出ざるを得なかったという事情がある。日雇いや派遣労働、アルバイトなど不安定な働き方をしている人が多く、「格差社会」の象徴でもある。ネットカフェはネット環境が整い、シャワーも備えていることがあるが、2平方メートル程度と狭小なスペースだ。パーティションで仕切られた構造のため、飛沫感染しやすいこともあり、新型コロナウイルスの感染拡大防止に向け、4月の緊急事態宣言で休業要請の対象となった。

著者: ” — www.nippon.com

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