
宗吉敏彦はリーマンショックに巻き込まれ650億円の負債を抱えて倒産。いったん経済の表舞台から姿を消した。リーマンショックで地獄に堕ちた男はアジアで再起のチャンスをいかに掴んだのか。宗吉とともに躍進するアジア不動産市場の潜在力と今後の可能性を探る。本連載は前野雅弥、富山篤著『アジア不動産で大逆転「クリードの奇跡」』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。
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鉄道網一体型開発と低所得者向け住宅を攻めろ
〝特攻隊長〟は元農水官僚
鉄道網との一体開発、低・中所得者向け100万円住宅——。こうした最先端の取り組みは宗吉だけのアイデアではない。黒子がいる。菱垣裕介だ。元農林水産省のれっきとしたキャリア官僚だが、今はクリードでインドネシアの「ガイド兼特攻隊長」を務める。宗吉の武蔵高校時代の同級生で山岳部の仲間だった。変人と呼ばれることの多い宗吉から見ても「かなりの変人」で、高校時代は「ふっと学校に来なくなったと思ったら山にこもって木こりに弟子入りしていた」など逸話には事欠かない。
その変人、菱垣が「鉄道網一体型開発と低所得者向け住宅の2つを攻めてみろ」と宗吉に示唆していたのだった。
実は菱垣は農林水産省に数年勤めた後、「退屈になった」を理由に役所を辞めたが、その後国連や世界銀行のアドバイザーとしてアジアの開発支援に携わった経験を持つ。インドネシアでは25年の仕事歴を持ち、経済界はもちろん政界にもかなりの人脈がある。それを見込んだ宗吉が「インドネシアをやってみたい。どう攻めればいいのか」と菱垣に相談を持ち掛けていたのだった。

インドネシアでは鉄道網の整備とそれにともって住宅地の一体開発が進むという。(※画像はイメージです/PIXTA)
即座に菱垣はインドネシアの情報やデータを徹底的に収集、今、国として何が課題となっていてそれを解決するために政府は何をどんな手法でやろうとしているのか、そのための政策は何かを洗い出した。そのうえで住宅・不動産業界で何が新たなビジネスとして浮上しそうなのかを絞り込んだのだが、それが鉄道網と住宅地の一体開発、100万円住宅の2つだったというわけだ。
確かに「インドネシアの道路の渋滞」は世界的にも有名で、これからインドネシア経済がさらに発展していくうえでどうしても避けて通れない解決すべき課題だった。車社会から鉄道社会への転換、それに伴う新たな住宅地の開発は待ったなしの状態で、政府もそれに向け検討を急いでいた。だから「鉄道網の周辺を攻める」のは当然の帰結だった。
100万円住宅もまた同様の文脈だった。一定の経済成長を遂げ大半の国民がそれなりに「食べられる」ようになったインドネシアで、整備を急がなくてはならないのが住宅。しかも富裕層ではなく一般の工場で働く労働者たちの住宅だった。そして実際、政府はFLPP(低所得者向け住宅開発)を打ち出した。菱垣の読み通りだった。「日本語で受けたメールを英語で返す」ほどの変人の菱垣だが、インドネシア経済の読みはど真ん中を射抜いていた。
菱垣はこうしたデータと過去の事例などを収集して整理、大きな流れを見定めたうえで将来の見通しを分析する「アカデミック・アプローチ」を得意とした。もちろん霞が関のキャリア官僚ならお手のもので、当然といえば当然ではあるが、宗吉が新しい国に進出したり、新しいビジネスに参入したりする場合には大きな力となった。
菱垣が導き出した結論と宗吉の勘が一致しないことはあまりなかったが、それでも菱垣がロジカルに宗吉が進めるプロジェクトの正当性を担保してくれることは宗吉が率いるチームの士気を高めたし、投資家や金融機関に対する説得力のある説明にも役立った。